ここで待っておいで?
すぐ戻ってくるよ。
言われたとおり桜散るこの場所に居るのに、彼の足音はいまだ聞こえてこない。
両親を見送った時も、あたり一面桜景色だった。
予感がした。これが最期だと。
首が痛くなる程に見上げて、目が痛くなる程に見開いて、心に刻もうと見送った両親の顔は、舞い積もる花弁の眩しさで見えはしなかった。
師と仰いだ人を見送ったのも、桜の咲く頃だった。
桜のつぼみが薄く色づいた頃、師の命は雪解け水と一緒に流れていった。
追いつきたい、支えたいと願った人の背を、見えなくなるまで見送った時も、咲き誇っていたのは桜だった。
師を亡くして初めて漏らした弱音を受け止め、互いに理解出来たと思ったのは錯覚か。
長く留まることは出来ないと、笑顔を残し立ち去る彼の姿を隠したのは、樹齢幾ばくもない桜と一陣の風だった。
自堕落に過ごしていた私に彼から頻繁に誘いがかかるようになったのは、春の足音を聞き逃さまいとする静かな冬だった。
それから季節は四度巡り、また桜の咲く頃になった。
私は舞い落ちる花弁を視界にいれ、法衣に纏わりついた花弁を払い、深く息を吐き出す。
先程から何刻も繰り返される一連の動作。
舞い散る桜を美しいと感じる心など、とうの昔になくした。
私を除いた全ての人間が美しいと称えようと、私にとって桜は不吉な予感をもたらす花でしかない。
ただずっと、大小様々な枝から散り落ちる花弁と、時折訪れる遊び風に舞い上げられる花弁を眺め、戻ることのない人を待つ。
そう長くも短くもない人生で幾度となく繰り返した行為。
このまま消えたら、桜に隠されていった彼らと同じ場所へいけるかもしれない
ふとそんな思いつきが頭をよぎった。
そして我ながら何と馬鹿げた考えだと思った。
そんなに疲れているのかと、嘲笑とともに口をついた言葉は確かにそうだったのに。
視界が大きく回転する。
淡く陽りを反射する、一面に敷き詰められた花弁の絨毯へ身を横たえ、降り注ぐ花弁を目を細めて受け止める。
このまま桜に隠されたら、彼らに一目逢うことが叶うかもしれない。
いつまでも聞こえない足音と呼び声を待つことに疲れた私は、そのあまりにも下らなく、そしてこの上なく甘美な誘惑に負け、ゆっくりと目蓋を閉じてゆく。
近く、地面を伝わって彼の足音が聞こえた気がしたが、気のせいだとはやる心臓をおさえつける。
最後に見えたのは私を覆い隠そうとする桜の樹々と、彼の困ったように私を呼ぶ声。
桜の花は別れの匂いがする
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