それはまるで、絵に描いたような風景だった。




久しぶり。
女は口を開き目の前の墓標を見つめる。
とても懐かしそうに
とても愛しそうに



「ずっと来れなくてごめんなさいね。
明日、あいつと一緒に来ようって話してたんだけど、その前にあなたに話しておきたくて。
私、あいつと結婚したわ。
あいつは、あなたを失ったこの世界で1人で生きてゆける程強くもなく、痛みを感じない程全てを見失えなかったの。
だから何も言わないであげてね。
今ではあいつが二児の「パパ」ってんだから、世の中不思議なものよね。
子供達も、大きくなったらパパみたいなプリーストになるんだって、会える時間は短いのにとっても懐かれてるわ。
でもね。
今でもあいつが愛しているのはあなただけよ?
私や子供達のことも愛してくれてるけど、本当に愛しているのはあなただけなの。
それはいつまで経ってもかわらないことよ。
だからどうとか言うんじゃないの。ただの報告よ。
普段改めて感じることがないくらい自然なことなんだもの。」



女は持っていた袋から一本の、小さな酒壜をそっと取り出し、墓標に向けて軽く振って見せる。


「これ、覚えてる?
ずっと前にあなたが好きだって言ってたやつよ。
さっき露店で見かけて思わず買っちゃったわ。
そしたら急にあなたに会いたくなったの。昔を懐かしむってやつかな。
感傷的になってるなんて笑わないでね?
冒険を辞めるって決めた時からずっとこんな調子なんだ。」



ポンッと小気味良い音をたて、酒瓶の栓が抜かれる。


相変わらず強烈なアルコールの臭いね
女はそうぼやきながら壜を傾けてゆく。


硝子の壜は光をあびていくつものかたちを見せる。

ゆらゆらと揺れる液体
零れ落ちる、雫
とくとくと注がれる透明な酒
飲むようにすべて吸い込んでゆく石



「どう?美味しい?
匂いだけだととっても不味そうに感じるんだけど、あなたはそれが良いんだ!って飲むのよね。
あいつもそうよ。これを飲む時はいっつもそうなの。
匂いが家中に残りそうだから旅先でしか飲まないことにしてるらしいんだけど、家よりこっちのことを気にして欲しいわよね。
ほんと、わけのわからない奴で、あなたとは全然違うわ。
違うから、あなたもあいつも惹かれあったのかしら?
あぁ、でもあなたもあいつも、周りに私やレンみたいなイイ女がいても見向きもしなかったってとこは同じね。
まっ、性別なんて付加価値みたいなものだけどね。
男同士だってことが気にならないくらい、あなた達は美しかったわ。
あ、ごめんなさい。そろそろ戻らないと。
また明日、あいつと来るわ。」


今度は冒険者が多く愛用する水筒を取り出し、中身を一気にぶちまける。

これで酒臭さは消えるかしら、そう笑って言った女は、姿勢を正し一寸前までとは全く違う声音で告げた。


「ありがとう。そしてごめんなさい。ずっとあなたに話したかったの。」




子供達の喧騒が近づいては遠ざかる間、懐かしむように、労わるように、大切なものを見守るように墓標を見ていた女の、僅かに動いた口から漏れた、凪いだ風の音にさえかき消されそうな呟き。



「私達はアンバランスなの。夫婦でいることも、生きていると言うことも。」


ゆるくかぶりを振り、踵を返し、女は別れも告げず振り返ることもなく去って行った。
真っ直ぐに前だけを見据えて。




「だって私も、いまでもあなたのことを愛しているんだもの。」





残ったのは、木漏れ日を浴びて時折光る墓標と微かに酒の香る風、小鳥のさえずりをのせた静寂