目覚めたら辺りは暗闇だった。
鼻をつく潮の匂いと聞き慣れた潮騒に、またそのまま眠ってしまったのだと知った。

情事の気だるさの抜けきらない身体を起こし、散らばっていた衣服をかたちばかり整える。
闇に慣れた目を海岸へ向けると、月の明るさが目に痛かった。

王都から遠く、モロクからコモドへと続く海岸。
珍しいラッコの皮を集めにくる冒険者の姿が時々見える他、人の気配もまばらなこの場所が私のお気に入りの場所だ。
誰の邪魔も入らず声を抑える必要もないこの場所で、名も知らぬ人と一時の快楽を貪りあうのが日々の生活になったのはいつからだったか。
つい最近のような気もするし、思い出せない程以前からこの生活をおくっていた気もする。


覚束ない足取りで、何も考えず海へと向かう。
風をうけてばたばたとはためくマントのその音が煩わしくて、無造作に投げ捨てた音もまた風に流されてゆく。
剥き出しの両腕を夜風が撫でてゆく。
裸足になった私は、服が濡れるのも厭わず海へと足を踏み入れた。
思った程冷たくないそれに幾分がっかりし、暫し立ち止まり月を眺める。
月の眩しさに眼を焼かれそうで視線を落とした私は、引いてゆく波を見て、 波に足を取られる・・・引きずり込まれる感覚が嫌だと言っていた知人を思い出し、苦笑する。
今更彼のことを思い出すなんてどうにかしてる、と。
最後に彼に会ったのはどれくらい前だろうか。
私から連絡を絶ったら、面白いくらい顔を合わせることはなくなった。
そんな薄情な奴のことを思い出すなんて、どうにかしている。

「本気だったのだが・・・・」

一人ごちても返ってくるのは潮騒ばかりで。

彼は明るく無邪気で、人懐こくて、いつも、いつでも自然と周囲に人の輪が出来るような人だった。
こんな暗い自分に付き纏われてさぞや迷惑だろうと思いもしたが、何の見返りもなく私の存在を認めてくれた彼の側は光に満ちていて、私を魅了するには充分すぎた。

彼の後ろをついて回るようになってすぐ、彼に想い人が居ることには気付いた。
しかし私はそれでも構わなかった。
何故なら、それは未来永劫叶うことなどないと同時に知ったからだ。
彼の想い人は、私などよりはるかに彼に相応しい、慈愛に満ちたとても美しい人だった。
そしてそんな彼の隣りにはいつも、眩しいまでの光を放つ希望に満ちた可愛らしい少女がいた。
2人のやりとりは、荒み病んだ私にも微笑ましく思えた。
そんな2人の間に、友を大切にする優しい彼が割ってはいることなどありえないのだ。

再び歩きだした私を止めたのは、遠く闇夜から聞こえてきた声だった。
すでに海は足を飲込みはじめている。

遠くになった海岸に振り返り目を凝らしてみると、伝書鳩にも似たwis鳥が旋廻していた。
腕を伸ばすと寄ってきたそれが発した声に、私は目を見開いた。


聞き間違うことのない、焦がれていた彼の声音。
いつだって優しくて仲間思いで、私の心を掻き乱した彼の優しい声音。

wis鳥の口が閉じると、返事を持たせずに空へと飛び立たせた。
闇夜に不釣り合いな白い翼が見えなくなるまで見送った後、水を含み纏わり着くだけの服を引き摺って砂浜へと戻った私は、そのまま温かい砂に身を横たえた。

彼の残酷な優しさがまた私の心を蝕んでゆく。
彼の夢を見ないくらい深い眠りが、私の唯一心の安らぐ場であり、また絶望の場でもある。

それでも臆病者の私にはその悪循環を抜け出す勇気はなく、今日もまた眠りへつく。


『よお
久し振り
元気にしてるか?
急に居なくなったから皆心配してるぞ
ネスなんて最後に会ったのが自分だから、気を悪くさせるようなことでもしたのかってすごい気にしてるしな
用事が片付いたら、また顔出せよ?
皆も待ってるぞ
たまには連絡寄越せよ
それじゃあ、またな』